★★★ パリの観光名所地 <スタンダート篇> ★★★
やっぱり名所はおさえておきたい!という方へ。。
スタンダードなパリの名所を紹介します。
|
![]() |
地図内の地域をクリックして下さいね。写真と説明が見られます。
凱旋門/シャンゼリゼ通り(8区) |
観光地としてとても有名ですが、この建物は、フランス軍隊の栄光を称える記念建造物です。下には、1920年に第一時世界大戦で戦死した無名の戦士の墓があり、今もお花が贈られています。なお、パリ祭の時は、ここから軍隊のパレードが行われています。約50メートルのこの門は、のぼることが出来て、この上から見るパリの全貌は素晴らしいです。凱旋門を中心とし、放射線状に走る大通りが、星のようなので、ここのことをエトワール(星)とも呼びます。 |
エッフェル塔は、1889年の万国博覧会を記念に、ギュスターヴ・エッフェルによって建てられた鉄骨構造の塔です。約351メートルのこの塔は、当時は、パリの美観を損ねるとして、著名人からも猛反対を受けていたのですが、今では、パリのシンボルとして、すらりとそびえ立っています。個人的にはそのフォームは、女性らしく感じられ、いつ見ても美しく思います。 |
|
エッフェル塔の正面のトロカデロ広場を背に2対で建っているのが、シャイヨー宮です。美しいカーブを持ったこの石の建物は、1937年のパリ博覧会の時に造られました。この中には映画博物館、シネマテーク、海洋博物館、人類博物館、フランス文化財博物館、国立シャイヨ宮劇場などがあります。 |
|
やはりオスマン都市計画の時に、今ある場所へオペラ座を建設することになり、シャルル・ガルニエによって、1875年に完成されました。その時代には、斬新な建築様式で、今でも独特な存在感があるように思われます。改修工事も無事終わり、一層美しくなっています。夜のライトアップがやはり美しいです。 |
|
王宮という意味のパレ・ロワイヤルの最初の構築は、1639年でしたが、そこに住む人たちに次々に不幸が起こり、忌み嫌われていました。オルレアン公に引き継がれた1715年ごろに今の様相へと再築されました。しかし、その後フランス革命の時には、ここを拠点ともされたという、なにかとりつかれているみたいな建物です。現在は、参事院と美術学校の行政機関があり、一階には、美術品のブティックなどが並んでいます。そして、ジャコメッティの彫刻などでも飾られたとても美しい中庭もあります。外側には、劇場コメディーフランセーズがあります。 トップへ |
|
ルーブル美術館は、いろいろなフランス王の美術品のコレクションから始まりました。そして、戦争で敗戦国からも美術品の引き渡しを要求したり、さらに購入したりして、莫大な数のコレクションが収納されております。有名なのは、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザ、サモトラケのニケ像、ラファエロなどなど、1日丸々使ってもすべてを堪能するには短すぎるかもしれません。また、ルーブルの外観であるルーブル宮、そして、美術館入口のガラスのピラミッドも必見です。 |
|
1163年、モーリス・ド・シュリー司教によって着工され、約2世紀かかって完成されたカトリック教会。初期ゴシック建築のこの寺院は、2つの塔からなっております。教会内に入ると、まず目に付くのは、大きなバラ窓こと、ステンドグラスです。また、ここも上にのぼることが出来、また別の角度からパリを眺めることが出来ます。 |
|
今の最高裁判所の隣にあるコンシエルジュリーは、革命時にこの裁判所の拘置所となったことにより、マリー・アントワネット、ダントン、ロベスピエールなどの囚人が拘置されました。中は、その当時の様子を再現して、博物館のようになっています。人物も人形で再現しており、リアル感があります。セーヌ河の対岸からみたこの建物も絵に描いたようなお城の様に美しく、もと拘置所であるとは、一見思いもしませんが。 トップへ |
|
モンマルトルの丘にそびえ立つサクレクール寺院は、パリの中では比較的新しい建物です。1919年に完成したこの寺院は、やはりパリの美観の論争にもあいましたが、モンマルトルの丘の下から眺めると、手前の芝生の向こうに見える白い建物は、まるで御伽話のなかのお城の様にかわいらしいです。中に入るとドーム型に描かれたキリストのフラスコ画が印象的です。その周りにある画家達の広場、"テルトル広場"もなかなか楽しいところです。 |
|
フレンチカンカン踊りと赤い風車で有名なムーランルージュ。ロートレックのポスターでも有名です。美しい女性の華やかなショーがメインですが、その間にマジックショーなどもあり、男女共に楽しめます。ディナー付き、あるいはドリンクのみのコースがあります。 |
|
1755-75年の20年に渡って造られた広場。最初は、ルイ15世の騎馬像を置くために造られたのですがその後"大革命広場"と名付けられ、1793年から95年まで、ここにギロチンが置かれて、ルイ16世をはじめ、マリーアントワネット、ダントンなどが処刑された広場です。この処刑は、99年には廃止され、広場の名前も今の"コンコルド(調和)広場"と改名されました。そして、19世紀中ごろのオスマンの都市計画の時に現在のある形となりました。広場に建つのは、1831年エジプトから贈られたオベリスクには、象形文字が掘り込まれています。所々にある照明と2つの噴水は、日没後にとても美しくこの広場を飾ります。 |
|
52本の柱廊をもつこの寺院は、ギリシャ風建物として有名です。何度も中断されながら1842年に完成しました。その周りには高級ブティックが軒をならべており、ウインドウショッピングにもってこいです。 トップへ |
|
1900年に駅として建てられたこの建物は、わずか39年しか駅として用いられず、その後1986年に現在の美術館となりました。展示されている主な芸術家は、ドラクロワ、ミレー、モネ、マネ、ルノワール、ドガ、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャンなどです。 |
|
元々は、ルイ14世が負傷廃兵のために立てたものですが、現在はナポレオンのお墓となっております。中庭は、軍人の儀式や葬儀などに現在も使われています。横には、軍事博物館があります。 |
|
サンジェルマン。デ・プレ教会は、パリで最古の教会です。6世紀初頭に建てられた教会跡が発見され、現在のものは、11世紀初頭のものです。この教会からサン・シュルピス教会の方へ向かう辺りに、シックなブティックやギャラリー、そしてカフェがたくさんあり、おしゃれな散策地区です。 |
|
とても広い庭園です。パリの公園には椅子が所々に置かれており、好きなところへ持っていけるので、好きなように読書や物思いにふけることが出来ます。庭園のあちこちに、ボードレールやヴェルレーヌなどの文人の銅像が置かれています。 トップへ |
|
展望ができるオフィスビルディング。56階と59階のテラスが一般に開放されています(有料)。レストランもあります。 |
|
フランス革命(1789年7月14日)の舞台となった広場です。ここにあった監獄を襲撃占領し、革命の発端となった地です。今でも、デモ行進などがあるとこの広場へ向かいます。 |
Copyright:Paris Assistant, 2006